今まであまり観ことのないリアルなアメリカの美しさに心惹かれる映画 
ノマドランド

STORY(YAHOO映画より)

 アメリカ・ネバダ州に暮らす60代の女性ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、リーマンショックによる企業の倒産で住み慣れた家を失ってしまう。彼女はキャンピングカーに荷物を積み込み、車上生活をしながら過酷な季節労働の現場を渡り歩くことを余儀なくされる。現代の「ノマド(遊牧民)」として一日一日を必死に乗り越え、その過程で出会うノマドたちと苦楽を共にし、ファーンは広大な西部をさすらう。


感想
 日本人にはなかなか想像しずらいことだが、アメリカにはキャンピングカーを使って生活している人が一定数いると言う。この話を初めて聞いた時「庶民が持てないキャンピングカーで暮らせるなんて何てリッチなんだ」と思ったものだが、実際はそれとは正反対で、家を持てない、或いは借りることのできない貧困層の人が仕方なく車を家に見立てて生活しているというものだった。日本にも昔水上で生活する人、川に浮かべた船が生活の場になっている人がいたが、ああいう人達と同じなのかもしれない。ただ、それとは別にキャンピングカーを本来の用途である車として使いながら、広いアメリカのあちこちを渡り歩いている人もいるらしい。そのことを強く印象付けられたのが
「ギルバート・グレイプ」という映画で、毎年夏になると
ギルバートの住む町をキャンピングカーが列をなして横切るのだが、たまたま車が故障して町に滞在することになった娘がギルバートと恋に落ちるという話だった。
 そういうキャンピングカーでアメリカ全土を放浪する人達を「ノマド」と呼ぶらしいことをこの映画で初めて知った。この映画は、ある事情からノマドになった女性の目を通して、彼らの人生に迫った映画だったのだ。

ノマドランド②
 冒頭、不況で企業城下町を支えていた企業が潰れ、町そのものも無くなってしまったため、アマゾンで働きながら車でギリギリの生活を送る女性の姿が映し出された。このため、この映画は、今や世界が直面する最も深刻な問題でもある格差に焦点を当てた映画なのかと思って観ていたが、観ているうちにそうではなく、そういう現実にリアルに光を当てながらも、描こうとしていたのは、孤独な魂が流離う様とそうしたものが他者との触れ合いの中で次第に癒されていく姿であることが分った。
 主人公の女性には、生来頑ななところがあったのではないかと推測しているが、そんな女性が生涯の伴侶と呼べる男と出会い、故郷を飛び出し、辺境の地で長年暮らすが、最愛の夫を失い、住む場所も奪われたため、キャンピングカーに乗って全国を放浪することになる。映画はそんな女の心の内側に
無理に迫ろうとはせず、彼女の日常、過酷な労働や食べること、排せつすること、そして他者とコミュニケーションを取る姿を淡々とキャメラで映し続けていくが、そこから彼女の孤独、魂の一番深いところにどっしりと根付いてしまったどうしようもない孤独が自然と浮かび上がってくる。それは、主人公の女性だけではない。ノマドとして旅する人達は、誰もが癒し難い孤独を抱えているように見える。ある者は、自分の余命があと少しであることを知りながら、ベッドの上ではなく、旅の果てに朽ち果てることを望み、そういう生活を選んでいる。また、或る者は、過去に家庭を顧みなかった心苦しさから逃れるように、家族から離れ旅している。ノマド達のリーダー的な男も最愛の息子を失ったことが、そうした生活の原点になっていると言う。どうしようもない孤独を抱えた者、ごく普通の日常生活を繰り返すだけではそれを癒しきれない者は、敢えて旅しながら生きるという過酷な道を選び、その中で極限的な孤独と日々向き合うことでしか、それを消化≒昇華できないのだという、監督がノマドを通して描こうとした人の心の1つの真理に強く心を動かされた。

 スクリーンに映し出される景色。日々の生活の延長線上にあるそれが、例えようもなく美しかった。映画のためにドラマティックに切り取られたものではなかったため、過去のどの映画でも観たことがなかったもののように感じられ、まるで主人公の横に自分が立ち、同じものを見ているような自然さで胸に迫ってきた。特に朝夕、アメリカならではの広大な大地に映し出される朝焼けや夕焼けでは、その自然の中に自分1人が佇んでいるような孤独感に包まれ、その突き抜けた孤独によって心が癒され、穏やかになるようなところがあった。ストーリーと映像がシンクロして観る者の心に迫ってくる、そういう映画でもあったのだ。
ノマドランド③
 主人公の女性を演じていたのは、フランシス・マグドーマン。個性派女優という括りでは収まりきらない独特の存在感を持つ人である。初めて彼女を意識したのは、アカデミー主演女優賞を受賞した「ファーゴ」。殺伐とした殺人事件にも全く表情を変えることなく、クールに対応する姿がどことなく人間離れしていてとても印象に残っている。「スリー・ビルボード」では、内に秘めた怒りに囚われ、それから逃れられない女を演じ、ある種の狂気のようなものさえ感じさせた。そして、この「ノマドランド」。この作品でも
マグドーマンは、その心の中をなかなか見せないのだが、そうした姿から逆に女の孤独やそれ以外にも心の中に渦巻く雑多なものが立ち昇ってくるように感じられたのは、マグドーマンの持つ、唯一無二の個性によるところが大きかったと思っている。また、所謂ハリウッドスターと違い、華はないがリアルな存在感のあるマグドーマンが主人公だったからこそ、この映画は嘘のない本物らしさを醸し出すことができたとのだ言っても過言ではないだろう。(今回改めてマグドーマンについて確認し、彼女が自身にとっての出世作「ファーゴ」を撮ったジョエル・コーエンの奥さんであることを初めて知った。でも、納得。)
ノマドランド④
 映画は、自分が生まれ育った家や放浪先で知り合った男の家に立ち寄った女がもう1度亡き夫と暮らした家に戻り、その窓からどこまでも続く荒涼とした原野を見つめるシーンで終わる。他者との触れ合いが女の心に何かをもたらしたことは理解したが、その何かの正体をはっきりと掴むことはできなかった。しかし、女が見つめる風景が観る者の心にもたらす寂量感、それこそが女の心の一番奥にあるものと繋がっているような気はしている。
 そして、私もまた旅をしたくなった。既にパスポートが切れてから20年近く経っているが、またパスポートを取り、日本ではないどこかの今まで見たことのない風景に出会いたい。そう思わせる映画だった。

令和3年4月3日(土) イオンシネマ 90点

🌟 のんちゃんに関する小さな部屋(レプロエンタテイメントの闇①) 
 今週こそは、映画「RIBBON」の応援動画について書こうと思っていたのですが、一昨日とんでもないニュースが飛び込んできたので、今回はそちらの方について書こうと思います。

 一昨日飛び込んで来たニュースというのは、皆さん既にご承知のとおり、マリエさんが過去に島田紳助から性行為を迫られたが、所属事務所であるレプロエンタテイメントは、彼女を積極的に守ろうとはせず、当時のマネージャーが「もしも断ったら、今後は仕事を回されなくなるが、それでも良いのか」と暗に
売春を促すようなことまで言ったというものです。この記事を読んだ人の中には、一方の言い分だけではハッキリとしたことは分からないという人もいるし、それは確かにそのとおりなのですが、仮に裁判になって判決が出ても、それで真実が明らかになるような類の話ではないので、結局それを読んだ人、或いは直接youtubeでマリエさんの話を聞いた人が、それぞれどう感じ、判断するかに尽きるのだと思います。そして私は、彼女が話していることは真実だと思いました。記事を読み、youtubeも見ましたが、とても誰かを陥れるために嘘をついているようには見えませんでした。彼女は自らの姿を晒して、告白していましたが、あれを見れば誰も嘘を吐いているとは思わないでしょう。また、女性にとって無理に性行為を迫られたなどという話は、恥辱以外の何ものでもなく、話すこと自体で精神的なダメージを負ってしまいます。そんな自分にとって苦痛を伴う発言を敢えてしたのだから、これはもう事実と取るしかないだろうとも考えています。さらに、この件については、過去にも同様の報道がされているため、なおさら真実味が増します。お酒を飲んでいることや時間が経過していることをおかしいと言う人もいるようですが、人が1度心に負った傷はそう簡単には消えないもので、仮に一旦は癒えたように見えても、何かの拍子にフラッシュバックすることはよくあることなのではないでしょうか。また、お酒を飲んでいたのは、仮に告白するにしてもお酒の力が必要だった。それくらい本人にとっては、苦しい、ショックなことだったと考えるのが自然でしょう。


 さて、ここからの話は、マリエさんの話が真実だという前提に立った上でのものということになりますが、誰よりも先に非難されなければならないのは、自分の権力をバックに女性に性行為を迫った島田紳助ということになるでしょう。彼は、反社会勢力であるヤクザとの付き合いを問題視され、芸能界から引退していますが、本当に酷い男だし、彼のそうした行為を防げなかった吉本興業にも責任があると思います。また、その場にいながら、彼の行為を止めないどころか、それを促すようなことを言ったという出川哲朗の罪も重い。実は私は、抱かれたくない男NO1などと言われ、自分は痛い思いをしても他人を傷つけない出川哲朗の芸風が嫌いではなかったのですが、今回の件で完全にアウトになりました。仮に絶対権力者に対して面と向かって物を言うことはできないにしても、反倫理的な行為に追従するようなことはすべきではなかった。今回の件で最も大きな影響を受けるのは、既に引退した島田紳助ではなく、今人気絶頂の出川哲朗になると思いますが、それもこれも自業自得なので仕方がないでしょう。覆水盆に返らず。仮にこの件が沈静化したとしても、1度
出川に嫌悪感を持った人間は、彼を素直に受け入れられなくなるため、芸人にとっては致命的な傷になるでしょう。


 と言っても、ここは「のんちゃんに関する小さな部屋」なので、島田紳助も出川哲朗も直接は関係ありません。関係があるのは、のんちゃんがかつて所属し、独立後も嫌がらせを続けているレプロエンタテイメントなので、ここではレプロの悪行、何が問題なのかについて考えていきます。
 レプロは、マリエさんが島田紳助の件について相談した時、自社のタレントであるにも関わらず、彼女を直ぐには守ろうとせず、あろうことか「本当に断っていいの。断ったら仕事がなくなるよ」と脅すようなことを言ったとされていますが、このことから次のことが明らかになります。すなわち、レプロは「自社のタレントが性行為を強要されようとしたとしても、仕事のためならば受け入れる用意のある会社」ということになるのです。そして、それは主に次の2つの点において問題があります。1つは、女性が仕事のために自分の望まない相手と性行為を行うことを会社として容認することは、道義的に非常に大きな問題があるということです。今は、職場でのパワハラやセクハラに対して厳しい目が向けられるようになってきていますが、弱い立場にいる女性が
仕事を理由に自分の意思に反した性行為を促されるなど言語道断以外の何ものでもありません。そうしたことを容認するレプロは超ブラックな会社であり、直ちにこの日本から退場すべき会社と言っても言い過ぎではないでしょう。もう1つ私が危惧しているのが、当時マリエさんが未成年の18歳だったという点です。18歳なので児童福祉法上の児童には該当しませんが、それでも成人ではないマリエさんに対して性行為を促そうとするなど、これまた言語道断なことです。レプロという会社の倫理観、社員教育はどうなっているのかとほとほと呆れますが、特に心配なのは、レプロには今も未成年やもっと下の児童に該当する人が所属していることです。マリエさんの告白からは、もしも彼女が断らなければ、未成年の彼女が事務所公認で人身御供にされたであろうことが想像できます。そんな会社が今も多数の未成年者をマネジメントしている。彼女達の人権が本当に守られるのか、守られているのか、そのことがとても心配なのです。(続く)


 PS. 4月20日(火)の「シブヤデアイマショウ」のS席を購入したのですが、御承知
  のとおり
東京がまん延防止等重点措置の対象になってしまったため、行くのを諦め
  ようと思っ
ています。確実に行くことのできる、のんちゃんのファンの方にチケッ
  トを託せれば
と思っているのですが、方法が分かりません。どなたか知恵を貸して
  いただけれ
ば幸いです。(チケット代は要りません。必要があれば郵送料を負担し
  ても良いのです
が・・・・)


※ 赤ポチさんは、私が以前ヤプログでブログを始めた頃(映画「ホットロード」公開の少し
 前)からの のん友で、一貫してのんちゃん(旧芸名は本名の能年玲奈さん)のことを真摯に応援
 してくれている誠実な方です。
こちらが
ヤプログ閉鎖後の赤ポチさんのしいブログドンキ
 です。
のんちゃんのファンの方は是非訪問してみて下さい。