前々回のブログの1番最後のところで予告させていただいたのですが、とうとうこのブログで感想を披露する新作映画が尽きてしまいました。当初の予定では、先週末に黒沢清監督の「スパイの妻」を観賞し、今回はその感想をアップするつもりだったのですが、例の「鬼滅の刃」のスクリーンジャックの影響で私の住む地域での公開が月曜日まで先延ばしされたため、感想を書ける映画が無くなってしまったのです。というわけで、今回は急遽「のんちゃんに関する小さな部屋」を「のんちゃんに関するそこそこ大きな部屋」にバージョンアップした上で、単独でブログをアップさせてもらいます。
今週の火曜日に、朝ドラ「あまちゃん」が切っ掛けで のんちゃんのファンになった者の胸を熱くするニュースが飛び込んできました。既に皆さん御承知のとおり、同ドラマで のんちゃんの親友役を演じた橋本愛ちゃんと映画「私をくいとめて」で再共演していたことが発表されたのです。私は、その日仕事の調べ物でネットを検索していてこのニュースに気づき、一瞬思考が停止してしまいました。最初は「新作映画での共演発表か?」とも思ったのですが、よくよく読んでいくと、この冬公開される「私をくいとめて」で共演したとのこと。このニュースを読んで少しボーっとしてしまい、直ぐには頭の中を整理できなかったのですが、落ち着いてくると様々な思いが込み上げてきました。中でも1番強かったのが「ここまで本当に長かった・・・」との思いです。本当に、本当に長かった。その思いは、あれから数日が経った今もなお心のどこかを漂っている気がします。そこで今回は、本当に長かった2人の女優の再共演までの道のりに思いを馳せていきたいと思います。
朝ドラ「あまちゃん」が終了した直後には思いもよらなかったことですが、潮騒のメモリーズの2人のここまでの道のりは、およそ順風満帆とは程遠いものでした。あの頃の「あまちゃん」というドラマに対する視聴者の熱量は物凄かったので(「あまちゃん」は、劇中で使われた言葉「じぇじぇじぇ」がその年の流行語大賞に選ばれたことからも分かるように、単に一部のファンの間だけで人気があったのではなく、日本中で一大ブームを巻き起こしました)、当時は、誰もが潮騒のメモリーズの2人の未来は明るいと感じたと思います。しかし、現実はそうはなりませんでした。「あまちゃん」というドラマを地で行くかのように、というよりもドラマを遥かに超えた波乱万丈さで、その後の道行を辿ることになったのです。
まず、のんちゃんの方から振り返ってみましょう。
2013年秋の「あまちゃん」放送終了後、のんちゃんは、まだ「のん」という今の芸名ではなく、能年玲奈という本名で活動していました。私は、「あまちゃん」で主人公天野アキを演じ、半年に渡って日々の生活に潤いを与えてくれた能年玲奈さんがこれから先どんなドラマや映画に出演し、どんな活躍を見せ、どこまで大きな女優になるのか期待に胸を膨らませていたのですが、残念ながら当時所属していたレプエンタテイメントでその夢が叶えられることはありませんでした。映画には2本主演しましたが(「ホットロード」「海月姫」)、ドラマは、フジテレビの「世にも奇妙な物語」のエピソードの1つに主演しただけで、連続ドラマには、主演は疎か端役でさえ出演することはありませんでした。さらに、裁判にもなった文春の記事で事務所との確執が表面化すると、演技の仕事以外のあらゆる仕事まで取り上げられてしまったのです。この時期は、のんちゃんにとっても、私達ファンにとっても最も辛く苦しい時だったと思います。映画やドラマなどの作品で のんちゃんの活躍を楽しむことができなくなった私達は、ラジオ(GIRLS LOCKS)やCMなどを縁(よすが)とし、それも無くなると唯一のコミュニケーションツールだったブログ(今となっては懐かしい『くるぶし』)だけを頼りに、互いに声を掛け、励ましあい、2016年7月に晴れて自由の身になる日を夢見ながら応援を続けたのです。
この間のことについては、レプロにも、のんちゃんにもそれぞれ言い分はあるかと思いますが、外側からそれなりの熱心さでウォッチしていた者の立場で意見を言わせてもらえば、レプロエンタテイメントの対応が酷過ぎたという、その一言に尽きると思います。のんちゃんの心が決定的に離れる要因となった「進撃の巨人」の件にしても、「事務所を通していない」ということだけで出演を却下したことは、酷い話という以外の何物でもありません。役者が特定の監督に出演を熱望していることを伝え、それを受けて監督がオファーを出すことなど、ざらにあることだと思います。もしも、先に事務所に話がなかったことを問題にするのならば、その点を本人に注意してオファーを受ければ良いだけの話です。役者が心から望んでいる仕事を事務所の一存で断っておいて、「それでも事務所に所属し続けろ」という理屈は、どう考えても通りません。これは一般論になりますが、本人が意欲に燃えてやりたいと願っている仕事、しかも客観的に見て会社にとっても、本人にとっても決して悪く無い仕事を、どんな理由があれ、会社自らが潰すようなことは、真面な会社ならば絶対にしないでしょう。しかし、レプロエンタテイメントという会社では、そういうことが罷り通ってしまうのです。レプロと のんちゃんのゴタゴタが公になる前に、ネットに「黒い服の大きな男(マネージャー?)が のんちゃんが仕事をしている現場に来て怒鳴り散らすので、彼女自身の評判に影響しないか心配だ」という記事が載ったことがありますが(これは私自身が実際に読んで心を痛めたので、強く記憶に残っています)、レプロとは、そういう社風の会社なのです。レプロの存大な社風を裏付ける事例は他にも沢山あります。書評家の豊崎由美氏が「海月姫」公開時に のんちゃんへのインタビューを行った時も、マネージャーの対応が最悪だったそうですし、岩手県の関係者の方から「あまちゃん」関連で のんちゃんに仕事をオファーした時のレプロの対応が惨かったという話を聞いたこともあります。2015年の夏には、ブログのコメント欄に のんちゃんの現住所が晒され、ファンが事務所に申し入れても梨の礫だったため、直接ヤプログに通報して削除してもらったなどということもありました。レプロは、社長の本間憲氏の関係で反社会的集団ブラックエンペラー(往年の凶悪暴走族)とも縁があるのですが、そういうこともあってか、そういう存大な社風になっているのだと考えています。だから、「あまちゃん」やその後の「この世界の片隅に」で、誰からも愛される主人公の役柄に命を吹き込むことができた、そういうキャラクターである のんちゃんとレプロは、水と油であり、その性格の違いから考えれば、両者の離反は必然のことであるように私には思えるのです。
少し話が逸れてしまいましたが(レプロが絡む話になるとどうしても熱くなってしまう)、1ファンに過ぎない私でさえ暗い気持ちになり、一方で腸が煮えくり返るような思いにもなるのですから、当事者である のんちゃんが経験したことがどれほど厳しいものであったかは想像することもできません。それでも のんちゃんは、事務所の圧力に屈することなく、何とか2016年7月を迎えることができました。まだ20代前半の若手女優が、悪い意味で芸能界に大きな影響力を持つバーニング系列のレプロとの契約を更新せず、独立する。それは、非常に勇気のあることであり、のんちゃんという稀有な存在(『物言えば唇寒し』で、多少の理不尽なことには口を噤んで我慢することを是とする大多数とは異なる存在)だからこそ、できたことだと思います。
しかし、その代償は決して小さくありませんでした。まず、本名でもある能年玲奈という芸名を奪われてしまいました。レプロは「本名でもある芸名を奪うつもりなどない」とも言っているようですが、その名を自由には使えないという文章を送り付けておきながら、どの口でそんなことが言えるのかと呆れて物も言えません。この頃は、「あまちゃん」以降慣れ親しんだ名前を使えないことに言いようのない悔しさを感じると共に、「のん」という名前での孤独な再出発を強いられた のんちゃんの将来に対する不安な気持ちを正直どうしても払拭することができませんでした。今でもあの頃の「のん」という看板を1人で掲げる のんちゃんの写真を見ると何だか切ない思いが込み上げてきます。しかし、のんちゃんは、直ぐに私のそんな不安を掻き消してくれました。孤立無援のように見えた のんちゃんにも、その人柄を信じ、手を差し伸べてくれる人はいたのです。現在の芸能人の活動にSNSは不可欠ですが、その点においてLINEが のんちゃんをアシストしてくれたことは、本当に大きな意味があったと思います。また、朝ドラ「あまちゃん」を大事に思ってくれている達増知事を始めとする岩手県の人も のんちゃんのことを応援してくれ、その相思相愛的な関係は今も続いています。数は少ないですが、芸能界の中でも渡辺えりさんや大友良英さんのように のんちゃんのことをハッキリと支持してくれる漢気のある人も現れました。そして、何と言っても「のん」という名前とその存在を世間一般に広く知らしめてくれたのが、映画「この世界の片隅に」です。私は、こういうブログを書いているくらいなので、そこそこの本数の映画を観ているし、映画に関する知識もそれなりには持っているつもりですが、そんな私でも(或いは余計な先入観を持つ私だからなのかもしれませんが)「この世界の片隅に」公開時に作品のことを正しく評価することができませんでた。あの時、あの映画に関して起きたことは、今でも一種の奇跡のようなことだったのではないかと思うことがあります。作品の評価が極めて高く、キネマ旬報の評論家と読者の両方でベストワンに選出されたのを始め、多くの賞を受賞し、それなりに粒揃いだった2016年の邦画を質の面で代表する作品になったことにも驚きましたが、それ以上に驚いたのが興行成績で、マイナーな映画会社が配給する非メジャーなアニメ映画が興行収入27億円も稼ぎ出すなどということは、それまでの映画興行の常識ではありえないことでした。実は「この世界の片隅に」公開時、その宣伝活動はレプロエンタテイメントの悪質な妨害工作によって大きな制約を受けたのですが、そういったハンデイを乗り越えて大ヒットしたことは、本当に凄いことだったと思います。(後に、同じく非メジャーの「カメラを止めるな!」が大ヒットしますが、その現象も「この世界の片隅に」が先鞭をつけたことの影響抜きには考えられないと思っています。)
のんちゃんは、「この世界の片隅に」の大ヒットによって、「のん」として完全に認知され、以降LINEやスクウェア・エニックス、ユニクロ、マルコメなど一流企業のCMに出演したり、公的な仕事を積極的に引き受けるなど、テレビを除く世界では、完全に普通に活動することができています。残念ながら、演技の仕事については、なかなか機会を掴むことができませんでしたが、だからと言って のんちゃんはその歩みを止めることはなく、「創作あーてぃすと」として音楽や美術の分野に進出し、活動の幅をさらに広げていったのです。そして、演技の仕事についても、昨年「私の恋人」で舞台への進出を果たし、今年は3本の実写映画(「星屑の町」「8日で死んだ怪獣の12日の物語」「私をくいとめて」)と1本の吹き替えアニメーション映画(マロナの幻想的な物語り)が公開されるなど、漸く軌道に乗ってきた感があります。勿論この間全く波風が立たなかったわけではなく、大河ドラマ「いだてん」絡みでFRIDAYにレプロとの会談写真を撮られながら、結局同ドラマには出演できないなど、レプロ絡みでの嫌なことは頻繁にありましたが、それでも2017年の春には、公正取引委員会の指導に恐れをなしたのか、レプロが漸く のんちゃんの写真をホームページからこっそりと外し、つい先日、(判決の内容に不満はありますが)喉に刺さった小骨のような存在だった文春とレプロの裁判も決着し、少なくとも表向きは、のんちゃんとレプロとの関係が完全になくなり、それなりにスッキリとした気持ちになっていたところに、橋本愛ちゃんとの7年ぶりの共演という朗報が飛び込んできたのです。
一方の橋本愛ちゃんの方ですが、愛ちゃんは、のんちゃんとは違い大手芸能事務所のソニー・ミュージックアーティスツに所属しているため、コンスタントに映画やテレビドラマに出演しており、そういった意味では、取り立てて大きな波乱があったわけではありません。しかし、それでもやはり順風満帆な道のりだったとは言い難いという印象を持っています。
そもそも橋本愛ちゃんは、「あまちゃん」出演当初は、のんちゃんよりもずっと知名度がありました。「告白」や「桐島、部活止めるってよ」などの話題作に出演し、キネマ旬報の新人賞を受賞していたし、既に何作か主演作も公開されていました。だから「あまちゃん」終了後は、のんちゃん同様さらに飛躍するのではないかと思っていたのですが、残念ながらそうはなりませんでした。私は、それは、ひとえに橋本愛ちゃんが自分というものを人一倍強く持っているからだと思っています。物議を醸したコンタクトレンズのCMに関する言動や「日活ロマンポルノをよく観ていた」という発言は、事務所の振り付けで『何はともあれ有名になること』を目指す普通の女優には、絶対にできないことです。そういう折れない自分を持っているところは、のんちゃんにも共通するのですが、結局、最近の女優が世間から認知されるための王道になっている「子供向けの恋愛映画」に出演することもなく、ひたすら自分らしい道を模索しながらここまで進んできたため、今のところは大輪の花を咲かせることができていないのだと思います。私は、橋本愛ちゃんのこのクールな生き方を悪くないと思っているのですが、ただ1つだけ残念なことは、愛ちゃんがまだ自分の女優人生を左右するような重要な作品(のんちゃんにとっての「この世界の片隅に」のような作品)に出会えていないことです。また、出演作品そのものについてもあまり恵まれていないという印象があります。私が「あまちゃん」以降に観た愛ちゃんの作品を全て挙げると、「大人ドロップ」「渇き。」「リトル・フォレスト(主演)」「寄生獣」「同(完結編)」「残穢」「バースデー・カード(主演)」「PARKS(主演)」「美しい星」「ここは退屈迎えに来て(主演)」なのですが、印象に残っているのは「残穢」くらいで、作品として「これは優れている」と唸らされるものもありませんでした。これは、いつも書いていることですが、役者は、どれだけ良い作品に良い役で出演できるかでその後の役者人生が決まってしまいます。そして良い作品に出演するためには、能力のある優れた監督と組むことが1番の近道なので、愛ちゃんにも のんちゃんにもそこを目指して欲しいのですが、こと実写映画に限って言えば、2人ともまだ決定的な成果を出しているとは言えないでしょう。そういうわけで、愛ちゃんには「あまちゃん」終了以降今に至るまで、自分なりの道をずっと模索しているというイメージがあります。そして、今回の のんちゃんとの再共演は、その途上で起きたことであり、私は、この共演が愛ちゃんが何かを掴む切っ掛けになってくれれば嬉しいと思っています。
さて、ここまで駆け足で潮騒のメモリーズの2人の「あまちゃん」以降の道のりを振り返り、それについて考えてきたわけですが、果たして2人にとってここまでの歩みは満足できるものだったのでしょうか。多分本人達に聴けば、2人とも「自分にできることを自分なりにやってきたので、それなりに満足しているし、後悔はしていない」と答えるような気がします。2人とも周りの人間がお膳立てし、敷かれたレールの上を進むのではなく、つまずいたり、時に周りから叩かれたりしながらも、自分がやりたいと思ったことをやれる範囲でやってきているように見えるので、そういう意味では、2人が歩いてきた道は決して悪くなかったのではないかと思います。辛さや過酷さという点でも、特にのんちゃんは、今もって民放のテレビ番組に出演できないなど、その取り巻く環境は未だに厳しい状況なのですが、それでものんちゃんは、そういう状況をそこまで辛いとは思っていないような気がします。上にも書きましたが、のんちゃんのことを信頼してくれる人がちゃんといて、その数は年を追うごとに増えています。そして、私達のような少し暑苦しいくらいの応援団もいます。そういう人間に囲まれ、色々と制約はありながらも好きな道を邁進している のんちゃんは、辛さよりも充実感の方が勝っているのではないでしょか。その点で私が心配しているのは、むしろ橋本愛ちゃんの方で、淡々と自分のペースで1人己の道を行く愛ちゃんの姿が、私には、どうしても朝ドラ「あまちゃん」のユイちゃんにダブって見えてしまい、(本人には全くそんな気持ちはないと思いますが)少し痛々しい感じさえするのです。「あまちゃん」で琥珀の勉さんがアキちゃんとユイちゃんの2人のことを太陽と月に例えましたが、正にそんな感じです。いつも周りが賑やかでその中心にいる のんちゃん。対照的にクールで孤独なイメージの愛ちゃん。そういう見方は、大手芸能事務所の庇護がない中で茨の道を進む のんちゃんにばかり目が行ってしまい、愛ちゃんのことを追いきれない私自身の負い目からそう感じてしまうだけなのかもしれませんが・・・。
問題は、2人のこの先です。漸く交わることのできた2つの点ですが、これからは、この仕事の後に一旦離れ、またいつか別の仕事で一緒になるというようなことが繰り返されるような気がするし、そうあって欲しいと願っています。
そしてもう1つ。2人のこれからがどうなるのかは、誰にも分かりませんが、私は2人には、少なくとも幸せになってもらいたいと思っています。「幸せ」には、決められた形があるわけではなく、良い作品に沢山出演して、女優として大成する道もあれば(個人的には、そうあって欲しいと思っていますが、それは飽くまで私の思いであり、願いです)、好きな人と満ち足りた生活を送る道もあるかもしれません。それが2人にとってどういう状態なのかは2人にしか分からないことですが、ただ「今、自分は幸せだ」とできるだけ多くの時間、感じていられるようになって欲しいのです。
それは、あのドラマの最後、震災を含め色々な思いを経験した2人がトンネルの中を光の射す方に向かって走っていった時に私が抱いた思いであり、多分この思いは、これからもずっと変わることはないと思っています。
※ 赤ポチさんは、私が以前ヤプログでブログを始めた頃(映画「ホットロード」公開の少し前)からの のん友で、一貫してのんちゃん(旧芸名は本名の能年玲奈さん)のことを真摯に応援してくれている誠実な方です。ヤプログ閉鎖後の赤ポチさんののんちゃんのファンの方は是非訪問してみて下さい。
コメント
コメント一覧 (8)
第二部に続く?
レプロについては『あまちゃん』においても、小さい方の河島さんに揶揄させていましたね。
「うちは社長がやれと言った事をやるんだ」
私はあの週刊文春の記事。あのって、どの?
とは言いませんよね🤗
あの記事を読み解くと、ようするにレプロが社を挙げて川島海荷を朝ドラの主人公に押し込もうと努力してたのに、能年玲奈に横取りされた、のに本間憲の虎の尾を踏んだ、のが原因。
社長がやろうとしたことを真っ向から否定した形になった。
能年玲奈が朝ドラの主人公をゲットするのに力を尽くした3人が左遷やら首切りやらパワハラやらでレプロから消えた。
本来なら朝ドラ主人公ゲットしたら喜びそうなのに、逆ギレしてる。
芸能事務所の社長として考えられない所業。
それはすべて小さい方の河島さんが揶揄した本間憲の性格の歪みによるところが大きい。
morinoichiu
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熱量が伝わってくる文章です。
繰り返しになりますが今の日本の20代女優がパワー不足なのは、ひとえにこの2人の現状に象徴されていますね。どうしてこの逸材を生かせないのか。そして20代前半の女優が今注目されているのですが、露出が多すぎて飽きが早く来てしまうのではないか、と危惧しております。
それはともかく、橋本愛さんがのんさんを「れなちゃん」と呼び続けるのには、やはり思いがあるようですね。名前を奪ったことを、私は認めていないという。ああ、こういうところが芸能界で苦労している理由かも。頻繁に会ったり遊びに行ったりする友達というよりは、役者仲間とか戦友とかいう意識みたいですが、連絡をとったりお互いの作品を観に行ったりといった交流はあるんじゃないでしょうか。ただそういった関係性を、今までは一連の状況からおおっぴらにはできなかったのだと思います。
「あまちゃん」では2人のシーン多かったですし、2人で紅白のステージにまで立ってますから、普通の共演とは違う濃密さがそこにはあるだろう、と勝手に思ってしまったりします。お互いを役者として、あるいは女性としてリスペクトしてる感じがなんとなくうかがえるのです。
morinoichiu
がしました
こんにちは。
コメント、ありがとうございました。
お恥ずかしい話ですが、金曜の夜に下書き保存にしておかなかったため、
一時書きかけのものが投稿されてしまいました・・・・・。
川島海荷さんについては、本間社長が自らスカウトしてきた娘で、
強い思い入れがあることは知っていましたが、
ただ、それで経営判断を誤ったのだとしたら、社長としての能力を問われても仕方がないでしょう。
そういう自分の判断ミスを指摘されることを恐れて、
全ての責任を のんちゃん側に押しつけようと必死になっているようにも見えます。
morinoichiu
がしました
こんにちは。
コメント、ありがとうございました。
以前ブログにも書きましたが、
私も、本来最前線で活躍すべき逸材(潮騒のメモリーズ)が
芸能界の裏ルールみたいなものによって、そうはならなかったため、
芸能界のあるべき姿が歪められ、
今の20代後半の女優がパッとしないように見えるのだと思っています。
のんちゃんと愛ちゃんの関係は、馴れ合いになっていないところが良いです。
一般的な親友とかではなく、
「あまちゃん」という稀有のドラマを共に作り上げた戦友として
ドラマ後も互いに意識しあい、リスペクトしあう間柄と言いましょうか・・・。
そういう少しだけ緊張感のある関係が2人には合っている気がします。
morinoichiu
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morinoichiu
がしました
こんばんは。
コメント、ありがとうございました。
私も同じように考えています。
2つの特別な作品では、 のんちゃんがその魅力を爆発させ、
それも含めて作品そのものが社会に大きな影響を与える、一種の社会現象を引き起こしました。
それは、のんちゃんの持って生まれた資質も影響しただろうし、
その資質を画竜点睛の竜の瞳にすることのできた、
作り手達の才能によるところも大きかったのではないかと思います。
ただ、一方でそれだけでは説明がつかないという気もしています。
Frankfurtさんの言う「運命」、私がブログに書いた「奇跡」、
そういった言葉によって象徴される、人間の力だけではどうにもならない
もっと高いところからの力によって導かれた出来事のような気もするのです。
しかし、「奇跡」と思われるような出来事であっても
それが3回起きれば、その人の実力によってもたらされたものだと言える気がします。
だから、のんちゃんには、できるだけ早く私たちに3度目を見せて欲しいと願っているのですが・・・。
morinoichiu
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「アイドルになりたーい」「聞こえない作戦失敗」の回。
鄙びた無人駅と対照的に、眩い魅力を発散させていた二人。
そのバックの空の光、海の輝き。
「ダサいくらいなんだよ、我慢しろよ!」
「アキちゃん傷つけちゃった」の回。
決して仲良し同士ではなく、演技者としてのぶつかり合いを
見せてくれた魂。
そして最終回。
ふたりが走るトンネルの向こうに、やはり未来はありました。
のんさんと橋本愛さんの再共演。
ここ最近で一番アツいニュースでした。
いわれのない不遇~独立直後の時期、
いつか二人が共演できるような日がくれば、
のんさんは何の制約もなく芸能界で活動できている…
当時は叶わない「妄想」「願望」として思い浮かべていました。
ですから、
この7年のお互いの軌跡は
正に森野さん渾身の振り返りの通りで、
実に感慨深く、胸に迫るものがありました。
たぶん「あまちゃん」ファン、のんファン、
愛ファンすべてが待ちに待った出来事だったと思います。
ここに至るまでの関係者スタッフの尽力にも感謝したいですね。
共演のニュースで一喜一憂してしまいますが、
肝心の作品での演技、親友設定の空気感はどうだったのか。
俄然「私をくいとめて」が楽しみになってきました。
そして、森野さん仰る通り、
この二人は太陽と月の関係性のような運命的なものを感じるので、
またお互いがキャリアや年齢を重ねたところで、
全く別の作品で何度も共演していく予感と期待はありますね。
morinoichiu
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こんばんは。
コメント、ありがとうございました。
潮騒のメモリーズの2人には、
本当に幸せになってもらいたいし、大成してもらいたいです。
それは、ドラマの中で、未曽有の震災などで心に傷を負いながらも何とか立ち直り、
明るい光の方に向かって走り出した2人を演じた潮騒のメモリーズが
現実の世界では、欲得ずくでしかものを考えない、古い体質に揉みくちゃにされて、
明るい日の当たる場所に行きつけなかったとしたら、あまりにも救いがないと思うからです。
もしそうなってしまったら、
「ドラマや映画とはいったい何なのか。
所詮絵空事にすぎず、現実世界に対しては何の力も持たないではないか」
ということになってしまい、
ドラマや映画を大切に思っている私自身の存在も否定されてしまうように感じるのです。
私は、ドラマや映画は単に退屈を紛らわせるためだけのものではなく、
もっと大きな力を持つものだと信じているので、
潮騒のメモリーズの2人には、何があってもハッピーエンドで大団円を迎えて欲しいのです。
morinoichiu
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